みみょうという名の由来

みみょう幼稚園は、初代園長松尾シズが、「仏様に素直に手を合わせる子を育てたい」という思いから、大正13(1924)年9月から準備に入り(日曜学校の連日開催)、翌年の大正14(1925)年4月から幼稚園として開園したものです。
微妙(みみょう)という名前は、創設者松尾シスが、京都の谷口博士に付けてもらったと聞いていましたが、全国にたった一つしかない園名の詳しい由来は、聞いていませんでした。
しかし、記念誌の発刊と記念講演会において、二人の方から次のように教えて頂くことができました。
三原の私立幼稚園昭和園の前理事長故小島文章先生は、記念誌の中で、「佛説阿弥陀経には、阿弥陀様のおられる極楽浄土の蓮池の蓮の花の咲く様子を表して、青色青光(しょうしきしょうこう)、黄色黄光(おうしきおうこう)、赤色赤光(しゃくしきしゃつこう)、白色白光(びやくしきびやっこう)、微妙香潔(みみょうこうけつ)とあります、その意味は、青い花は青く光り、黄色い花は黄色く光り、赤い花は赤く、白い花は白く、それぞれが自分の色で光り輝いて、何とも言えないほど素晴らしい。いうなれば微妙という名前には、一人ひとりの子がそれぞれが持っている自分の個性を発揮して輝くという、究極の人間のあるべき姿を求めた、崇高な教育理念がこもっているものと思われます。」と書いてありました。
次に、記念講演会における前鎮西敬愛学園元校長先生は、お釈迦様が祗園精舎にあって、大勢のお弟子さんに極楽の荘厳を説き、阿弥陀佛の御徳をたたえ、念佛による極楽往生をすすめられた佛説阿弥陀経の中に、「微風吹動(みふうすいどう)、諸寶行樹(しょほうこうじゅ)、及寶羅網(ぎゅほうらもう)、出微妙音(すいみみょうおん)、譬如百千種樂(ひにょひやくせんじゅがく)、同時倶作(どうじくさ)、聞是音者(もんぜおんしゃ)、皆自然生(かいじねんじょう)、念佛念法(ねんぶつねんほう)、念僧之心(ねんそうししん)」と書いてあります。
その意味は、極楽には絶えず妙なる風が吹いていて、寶で飾られた木が揺れ動き、寶でできた天蓋(仏像などの上にかざす笠状の装飾)もゆれて、何とも言えない妙なる微妙の音がでる。その音色は、まるで、何百何千の楽器が一斉に奏でられるようにすばらしく、その音を聞いた人は、心の中に念仏・念法・念僧(仏様のことを想う、仏法の正しい教えを想う、仏を信じる仲間のことを想う)の気持ちが、自然とわいてくるというもので、微妙という名前をつけた初代園長シスさんは、「妙なる音を聞かせてやりたい。何百何千の妙なる微妙音、これは、南無阿弥陀佛という声ですが、この妙なる音を聞かせて、仏様のことを心から想い、仏様の教えを心から信じ、仏様を大切にする仲間のことを想う、そんな子どもを育ててみたい。」というのが、微妙(みみょう)という名前に込められているのでしょうと言っておられました。
「十人十色」という言葉があります。人の好みや思うところ、なりふりなどが一人ひとり違うように、子どもも一人ひとりの個性や育ち方が皆違います。お兄ちゃんは親の言うことを素直に聞いてくれたが、弟はさっぱりだなどと悩む親の話もよく聞きます。
子どもは、一人ひとり生まれたときから、青い光を放つ子もいれば、黄色い光を放つ子もいて、それぞれが自分の道に従って育っていきます。親も保育者も、その子の特徴をつかみ、その子に必要な助力をしながら、個性や自発性の芽を伸ばしてゆく姿勢が大切でしょう。
早く手のかからない子にしようとか、いろいろな色が出せる子にしようとばかり、口やかましく指図することは、その子の持って生まれた色(個性や自発性)をゆがめることになります。
一人ひとりの子が、どんな色を持って生まれているのか見分けることは、むつかしいことのようですが、普段から子どもの様子をよく見て、その子の話を聞き会話を交わすことで、少しずつわかるようになります。微妙音ではないけれど、その子の良いところを認め、はげまし、おおらかに接してあげていれば、その子の色が一段と輝きを増すことでしょう。時に、失敗したときは、原因や理由を聞いたうえで、「よくわかったよ」とか、「これからはこうした方がいいよ」と、親や保育者の気持ちを伝えることも大切ですし、厳しく接することも必要ですがその場合でも、後で「お前のこんなところが好きなんだよ」と一言いってあげると心が休まり次の活力となります。
いろいろと嫌な事件や事故が続いていますが、私たちの周りにいる子どもたちはみんな、今日を明日を楽しみに、明るく元気に育っています。人生をどのように生きるかは、「三つ子の魂百まで」の言葉どおり、乳幼児期の育ちにあります一人ひとりが自分の色を大切にして、自分の光のもとに生き続けられるように願って、保育の道を大切にしていきましょう。本年が皆様によき年となりますことを、心から願っております。

理事長 松尾龍一